第1回 「学問とは、人生を乗り越えるための準備」
40代にして大手証券会社からソフトバンクへ“転職”を果たし、1999年ソフトバンク・ファイナンスを設立。
現在はソフトバンクから独立し、約80のグループ会社を傘下に有するSBIホールディングスのCEOを務める北尾吉孝氏。
昨春にはSBI大学院大学を開校し、日本における有為な人材の育成に取り組んでいる。
そんな北尾氏がどのような青年時代を過し、仕事と向き合い、成功を遂げてきたのか―。
雇用問題が取り沙汰される今、北尾氏とともに「仕事は何なのか?人生とは何なのか?」を4回に渡って紐解いていきます。どうぞお楽しみください!
初回ですので、まずは学生時代にさかのぼってお話させていただこうと思います。
学生時代、私はごく普通の“学生”でした。毎日、勉強に励み、極めたいという分野を見つけ、学ぶことに対して貪欲でした。と言っても、現代の普通の”学生”とは、だいぶ異なりますね(笑)。最近は、新卒採用面接を見ていても、アルバイトやサークル活動に熱心な学生が多くてがっかりさせられます。生活費を稼ぐためであれば話は別ですが、社会人になれば目一杯働くことになるのですから、もっと貴重な時間を大切にし、学生である以上、本分である学業をまっとうすべきです。

孔子は、「夫れ学は通のために非ざるなり。窮して困しまず、憂えて意衰えざるが為なり。禍福終始を知って惑わざるが為なり[学問は、立身出世や生活の手段ではなく、どんなに窮しても苦しまず、どんな憂いがあっても心が衰えず、何が禍で何が福なのか、その因果の法則を知り、人生の複雑な問題に直面してもあわて惑わないためのものである]」と学問の本義を述べています。学ぶ意味というのを改めて考えると、いかに学生時代を過すべきかわかるのではないでしょうか。
また、学生時代はものの見方や考え方が作られるときです。この時期に、物事についてどれほど深く考え、広く見たかが影響します。私自身、学生のときに非常にたくさんの本を読みました。学生も含めて読者の方たちも、常に学ぶ姿勢を忘れず、様々な書と出会い、若くて柔軟な思考で物事を多角的に捉え、本質を見抜く修練をしてください。
そして、学業を通じて友人とともに成長するのが、本来あるべき学生の姿だと思います。学生時代の私は、試験前になると友達に頼まれて、先生が試験に出しそうなものをまとめた予想問題を作っていました。8割くらいの確率で的中していたので、みんなに非常に感謝されました(笑)。何人の友達を卒業させてやったかわからないですよ(笑)。このように、私は自己の学修と、朋友との切磋琢磨を通じて学生時代を過しました。
卒業後は銀行に就職する先輩が多くいたので、最初は私も三菱銀行(現:三菱東京UFJ)を考えていました。三菱銀行だけでなく、富士銀行などたくさんの銀行が今はなくなってしまいましたが、当時は銀行がなくなるということは想像さえできませんでした。
これから先、どの会社が伸びるか?これを判断するのは学生には不可能です。社会人でも簡単にできることではありません。だからこそ、就職先でも転職先であっても、安易に名前だけで選ぶことは大変危険なのです。30年後も伸び続ける会社かどうかをしっかり見極めるべきです。

私が最終的に選んだ野村證券という進路は、当時たった2人しか勧めてくれませんでした。父とゼミの教授だけです。父は私に、戦後、野村證券は最も成長した金融機関だったと、そして今後30年間も期待できるという助言をしてくれました。教授はビジネススクールで校長を務めていたことがあり、野村證券の幹部をよく知っていたので、野村證券への入社に大賛成でした。その他は皆、どうして三菱銀行に入らないのかという疑問の声ばかりでした。
当時、金融業界の花形は銀行で、証券会社の世間的な評価は低かったのです。とうとう熟慮の末、私は三菱銀行に心を決めていました。しかし、三菱銀行の最終試験の前日、野村證券にいる大学のOBが、「北尾君に会えたのも縁だから、これからも互いに付き合っていこう」とウイスキーを片手に下宿先へ遊びにきたのです。下宿仲間も加わって、皆で楽しく飲みました。その間、彼は「うちの会社に来てほしい」などと一言も口にしませんでした。握手を交わして別れた後、こんなにも自分のことを考えてくれる人はいるだろうかと思い、翌日には三菱銀行へ断りに行っていました。そしてその後、野村證券へ出向いて入社の意志を伝え、社会人への第一歩を踏み出したのです。



